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煙草概論 |
歴史;5~7世紀の中央アメリカ・ユカタン半島からメキシコ南部の古代マヤ文明に、タバコの栽培と喫煙の痕跡があります。主に精霊信仰や儀式用でした。お線香の様な役割で、タバコを炊いてかぐわしい紫煙を神前で燻らせていたそうです。マヤの神官はたばこの煙を両鼻にサトウキビの中空の茎を差し込み口からと同時に吸い込んで、意識が朦朧となってから見た幻覚を語り出したそうです。このタバコの薬理作用は他の幻覚性植物と比べて、穏やかでしたので、薬用として病人に使用されて、苦痛や飢えそして疲れを和らげていたそうです。この為軍隊の常備薬になっていたそうです。葉タバコはナス科タバコ属植物でアメリカ大陸原産です。現在、栽培されているものは主にニコチアナ・タバカムと言う種で、アンデス山中に分布する2種類の野生種の間から生まれた混合種だそうですが、自然勾配かマヤ族の人工的勾配かどちらでしょうか。
15世紀終わり、新大陸発見のコロンブスが最初に煙草に出会ってから、ヨーロッパに伝わりました。タバコの名の由来ですが、16世紀半ばにポルトガル駐在フランス大使のジャン・ニコさんが、アメリカから来たこの「聖なる薬草」を貰い受けて庭に植えて増やし、この時にインディオの使うパイプの名前である「タバコ」をこの植物の名前と思ったらしいです。ニコ大使は片頭痛持ちのフランス皇太后に頭痛薬として献上し、皇太后はかぎ煙草として使用したそうです。ちなみに宮廷ではパイプ煙草で煙を出すと品位を損なう為にかぎ煙草が広がったそうで、ニコさんの名を取って宮殿のタバコ族を「ニコチアナ」と言ったとの事。19世紀になってタバコのアルカロイドが分離されて、ニコさんの名をあやかって「ニコチン」と名づけられました。多くのアルカロイドは医薬や麻薬あるいは幻覚剤となります。この時代のルイ14世はたばこ嫌いで、煙草がフランス上流社会に広がった為に、専売にして国庫増収を図ったそうで、専売公社の始まりです。一方、16世末にはイギリスでも煙草は、感染症の解毒剤になり、また片頭痛にも効くとされ、フランスとは違ってパイプ煙草が紳士にふさわしいとして流行りました。 煙草の医薬効果について、スペインの医師ニコラス・モナルデスさんが(また名前にニコがあります)16世紀半ばに表した著書に、煙草に万能薬との評価を与えて、翻訳され19世紀まで欧米に影響を与えました。2世紀のギリシャ外科医ガレノスの体液病理説がこの当時も主流でしたので、悪い粘液を煙草が排泄して治療に有効であると考えられていました。ペスト(黒死病)が流行る度に、老いも若きも喫煙し、黒胆汁が溜まると言うメランコリー(憂鬱症)の治療にも用いられました。また、溺れ掛けた人を蘇生させるために、船に煙草の浣腸器が常備されていました。このように薬草として広がる一方、眠気を飛ばし疲れや緊張を癒すという効果で一般大衆の中に広がっていきました。 禁煙運動;まず、喫煙に反対した17世紀の代表的な有名人についてです。英国王ジェームス1世が「喫煙への挑戦」と言う抗議書を出して、喫煙者を野蛮人と言いました。ローマ教皇ウルバヌス8世は破門布告し、イノケンテス10世は聖堂内禁煙を出したそうで、最初の施設内禁煙です。ロシアのミハイル皇帝は禁煙違反者の鼻腔を切り裂くと言い、またアレクセイ皇帝は死刑宣告したそうです。オスマントルコのある皇帝は死刑宣告を下して実に2万5千人位処刑されたそうです・・。インドムガール帝国の皇帝も喫煙者の唇をそぎ落とすと言ったそうです。 近年では、お堅い人々の間では、煙草の使用は、もともと野蛮な異教徒の忌むべき風習であり、医療行為としてのみ許されるべきであるという主張が高まりました。しかし、その後の医学発展の中で万能薬としての考えは次第に薄れまして、社会改革運動家による喫煙反対運動が出てきました。19世紀末から20世紀初頭に米国において、禁酒運動と連動して禁煙運動が激しい展開を見せるようになり、この先頭に立ったガストン女史は婦人キリスト教禁酒同盟に関係しており、反シガレット法制定の嵐を全米に起こしました。殆どの州で何らかの規制法が成立しましたが、禁酒法のようにアメリカ連邦議会を通過することは無く、禁酒法廃止よりも前に各州の反シガレット法は廃止されていきました。このような声高な社会運動は、現在も形を変えて色々ありますね。 第二次世界大戦中、禁煙運動の暇は有りませんでしたが、最近は肺癌リスクと絡んで、禁煙運動が盛んとなりました。また受動喫煙リスクも出てきて、分煙や施設内あるいは敷地内禁煙、歩行喫煙禁止条例などがあって、愛煙家には住みにくい環境となりましたが、煙草の煙が嫌いな方には好都合です。 日本上陸;日本人と煙草の未知との遭遇はフランシスコ・ザビエルにさかのぼります。ザビエルに同行していたポルトガル船員が葉巻を吸っていたそうです。ワインの赤い血伝説と同じく、煙を吐くと言ってびっくりしたそうです。16世紀末に葉煙草が日本に伝来して、豊臣秀吉も喫煙を始め、淀君も吸い始め、日本女性喫煙第1号となったそうです。日本最初の禁煙令は2代将軍徳川秀忠の頃で、理由は当然健康目的では無く、市中で狼藉を働く集団が腰にキセルをぶら下げていた為に、風紀引締め目的だったようです。なお、江戸時代の将軍15名の死亡年齢は平均で享年51歳でしたので、禁煙と寿命に関係は少ないでしょうね。 ニコチン作用;ニコチンは脳神経細胞の受容体に結合してドーパミンとセロトニンの放出を促します。この作用はヘロインやアンフェタミン等の麻薬や覚せい剤と似ていて、依存性はありますが、作用が限定的でニコチンは麻薬とはされません。しかし、大量摂取で死を招く事から毒物指定を受けています。さてこのドーパミンとセロトニン放出が脳の活動性を高め、神経的に元気にさせるわけです。これが煙草の薬草的効果で、行動力・思考力・作業効率・覚醒・うつ状態・認知機能・精神機能にプラスすると言われているわけですが、血管を収縮させて、狭心症や動脈硬化を引き起こし、脈と血圧を上げて、不整脈や高血圧を引き起こします。この血管収縮作用が脳血管拡張性の片頭痛に効果があると思われますが、大量に喫煙するとニコチン急性中毒が生じ、かえって頭痛・嘔吐・めまい・頻脈等が生じます。さて、ニコチンは脳内に元からある物質では無く、普段は自前のアセチルコリンが脳細胞に結合してドーパミンやセロトニンを放出させるのですが、喫煙で吸収されたニコチンはアセチルコリンより強くドーパミンを放出させます。この結果、脳内にドーパミンをより多く出すニコチンに頼ることになり、次第に依存するようになるのです。アルツハイマー型認知症の原因に、自前のアセチルコリンの障害があります。治療薬アリセプトはアセチルコリの分解を阻害して、アセチルコリンの脳細胞結合を促す薬です。 煙草と健康;葉タバコを燃やすと煙が出ます。この煙の成分で、まず粒子成分のタールはフィルターを茶黒く染める物質で、色んな種類があります。次にニコチン粒子ですが、これが煙草を吸う目的成分です。そして、物が燃えると窒息原因となるガス成分の一酸化炭素が出ます。このように煙草の煙には発がん性物質などの有毒なタール性粒子あるいはガス成分が200種程度混ざっています。 国立がん研究センター研究所がんゲノミクス研究分野、理化学研究所、統合生命医科学研究センターゲノムシーケンス解析研究チーム、米国ロスアラモス国立研究所、英国サンガー研究所らの国際共同研究グループは、様々な臓器がんにおけるDNA(遺伝子)異常に喫煙がどの程度影響を及ぼしているのかについて、喫煙との関連が報告されている17種類のがんについて合計5,243人のがんゲノムデータを元に検討を行い昨年の「Science」にその結果が掲載されました。それは、生涯喫煙量とその患者さんのがん細胞に見られる突然変異数には統計的に有意な正の相関が見られ、喫煙が複数の分子機構を介してDNA変異を誘発していることを明らかにしました。また、1年間毎日1箱のたばこを吸うことで、肺では最多の150個、喉頭では97個、咽頭では39個、口腔では23個、膀胱では18個、肝臓では6個の突然変異が蓄積していると推計されました。また変異パターンの解析から、少なくとも3つのタイプが存在することが明らかになりました。タイプ1は「たばこ由来発がん物質」暴露が直接的に突然変異を誘発しているがん(例:肺がん、喉頭がん、肝臓がん)、タイプ2は「たばこ由来発がん物質」暴露が間接的に突然変異を誘発しているがん(例:膀胱がん、腎臓がん)、タイプ3は今回の解析で明らかな変異パターンの増加が認められなかったがん(例:子宮頸がん、膵がん)です。子宮頸癌はヒトパピローマウイルスそして膵癌はアルコール性慢性膵炎が主因として考えられています。本研究成果によって、がんの発症において喫煙が全ゲノム解読レベルで突然変異を誘発していることが初めて確認され、がんの予防における禁煙の重要性が従来の統計学的処理に加えて遺伝学的にも強調されます。その他には、紫外線の遺伝子変異が有名で、これは皮膚がんを起こします。もちろん、原爆被爆もそうです。こうした遺伝子の変異が、がん遺伝子、がん抑制遺伝子などに蓄積することによって、細胞ががん化すると考えられています。 「たばこ由来発がん物質」に関しては、煙草の多環芳香族炭化水素によるC→A変異が肺がんの原因とされ、有名です。この多環芳香族炭化水素は、有機系化学物質で強い発ガン性を持ち、ドイツの製品安全認証でこれの分析を実施し評価することが必要となり、アメリカの環境保護局でも優先汚染物質として掲げられています。日本では、有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律で、多環芳香族炭化水素であるジベンゾ[a,h]アントラセン、ベンゾ[a]ピレン、ベンゾ[a]アントラセンが規制されています。 喫煙とがんの関連については、疫学的にすでに世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)が、肺がんをはじめとするさまざまながんの原因となると結論づけています。また多くのがん種で、喫煙年数が長いほど、1日の喫煙本数が多いほど、また喫煙開始年齢が若いほど、がんのリスクが高まることが疫学的に示されていました。昨年、日本の厚労省は22の疾患の原因に喫煙が関係すると改めて発表しました。これは、従来の疫学統計からまとめたものですが、癌では肺・咽頭・喉頭・鼻腔・副鼻腔・食道・胃・肝臓・膵臓・膀胱・子宮頚で、癌以外で歯周病・心筋梗塞・脳卒中・腹部大動脈瘤・慢性閉塞性肺疾患(COPD=煙草肺)・糖尿病でした。なお受動喫煙では心筋梗塞・脳卒中・肺癌・喘息・乳児突然死症候群でした。喫煙は、さまざまな疾患の原因の中で、予防可能な最大の原因です。以上の結果は疫学的統計処理ですので、色んなバイアスも入りますが、今後は遺伝子学的により確かに原因特定されるようになるでしょう。 電子煙草;電子煙草の構造は米国人が1965年に特許を取っています。2003年中国人漢方医が初めて実用化しました。2015年英国では紙巻きたばこより安全と発表しました。本年、米国で電子煙草の発がん物質レベルが低いと報告されました。国外ではニコチンを水に溶かし熱して水蒸気を吸う器具が出ていますが、日本では薬事法でニコチン使用が規制されており、葉タバコを加熱して吸入するアイコスが出ています。これはニコチンがカットされにくく、タールは90%カットされるそうで、アイコスのフィルターは紙巻きたばこのフィルターのように茶黒くなりません。米国では熱による火傷やニコチンによる心血管障害があり、またニコチンが溶けている溶液による呼吸器障害があるそうです。外国制電子煙草の健康被害が多かった原因に中国製品が挙げられていました。今の所、電子煙草は安全性の根拠が不十分であると考えられるので、安易な使用は避ける。禁煙あるいは減煙の効果ははっきりしないと考えられるので、その効果を期待して継続的に使用することは避ける。未成年者が安易に使用しないよう保護者等が十分に注意する・・だそうです。 禁煙補助薬;禁煙目的でチャンピックスの内服治療が保険適応となっています。これはニコチンに代わって脳細胞に結合して、少量のドーパミンを出します。つまり、ニコチンの代わりとして内服し、禁煙に持っていくわけです。軽いニコチン効果があります、が、依存性は無く、禁断症状が抑えられて禁煙がスムースに行くわけです。 |